菅:ポスドクを採用する方の立場から見ると、定常経費ではなくて競争的資金でポスドクを雇用している場合が大部分でしょう。ところが競争的資金とは今や3年から5年程度で目に見える成果が出るテーマにしか行き当たらない。そのために3-5年で成果を出して新たなテーマに移らねばならない。そうするとポスドクに新しいテーマを与えるか、あるいは契約を終えて新しいテーマに適したポスドク研究者を採用しなければならないという状況に置かれてしまう。つまりポスドクが腰を落ち着けて研究できる環境が無くなっているのが一番の問題だと思います。国を挙げて競争的資金を新しい課題に投入するために、落ち着いた研究ができなくなっている点が若手研究者の壁になっていると言っても過言ではないと思います。昔は教授1名、助教授(今では准教授と呼ぶようですが)1名、助手2名で研究室を構成しておりそこに博士課程院生、修士課程院生、学部学生がいるのが標準体制であり、上の方が定年退官された場合は准教授が教授に昇格し、助手のうち成果の期待できる方が准教授になりもう1名は助手のまま残るか他の大学の准教授で出ることが多かったのですが、今はこれが1-1体制になり、形の上で短期的にでも成果がでれば、上の人の定年退職時に下の人が長期的な視野の有無にかかわらず昇格するケースが増えてきたのも問題の一つかもしれません。
植田:1-1-2体制に戻すと言う事は、教授職が減ると言う事になりますね。それでよいのですか?
菅:確かに教授職は減りますし、少なくなった研究室の数でカバーできる分野は一見減ります。しかしより長い視野で研究できることで、研究の深みが増すことも事実です。短期で成果をという形が研究室数の増大を招き、パーマネント職に就ける若手研究者の数が極端に減少し、今やもう博士課程を出ても大学等での研究者職を目指さないという若者が増えてきた、あるいはさらに極端に言えば博士課程に進学する院生すらが激減している事実を看過するわけにはいきません。3-5年で成果と言う事は言ってみれば実用化に向けての研究がそのたぐいだと思いますが、であるならば研究室の視野の長い研究と並行して、それらのテーマについては企業と連携した共同研究を一部取り入れることで企業からの研究者も大学での研究に顔を出す形で行えば良いわけで、平行して大学でしかできない息の長い研究も実施し続けるという方向がbetterなのではないでしょうか。長い期間にわたるアカデミックな研究も研究室できちんと押さえておくという方向ですね。もう一つの問題は昔は教授定年が60歳または63歳と言うのが多かったのですが、今は65歳あるいは私大などでは70歳と言うところもあるようです。しかし60歳を過ぎるころになると研究能力が低下して先端研究はできないという研究者が一定の割合で増加することも事実です。また研究能力はあっても管理業務やpaperワークが膨大に増加して研究時間など取れないという教授も増えています。教授定年が伸びた結果、当面採用できる若手研究者が減少したことは事実ですが、その状況はやがては過ぎ去るとすれば、あとは不必要なpaperワークを如何に減らせるような形を確立していくかと言う点と、研究ができなくなった高齢教授には、如何に研究から離れて教育や科学行政に専念してもらうかと言う2点が解決しなければならない点だと思います。
植田:それは深刻な問題ですね。いかにこの問題を解決するかが大切ですね。
菅:若い人に言いたいのは、とにかく60歳頃までに完成した研究をやって欲しい。それ以降は自らの状況に応じて見て若手研究者が研究しやすい環境を作って欲しいと言う事です。
植田:アメリカなどでは研究者に定年が無いと聞きますね。70歳代80歳代の研究者が大学で研究しているという例はたくさんあると聞きますが、そういう形には日本はならないのでしょうか?もっともそのせいで世代交代があまり図られていないという事を聞くこともあるのですが、どういうものでしょうか?
菅:私がイタリア放射光施設で実験している際に、隣のビームラインでは90歳代のアメリカの研究者が研究されていたり、ドイツで滞在中の研究グループでも70歳代後半の研究者の方が装置も自分で触って研究されたりしていますね。ですからそれはそれで問題無いのではないでしょうか。要は若い研究者のパーマネントポストのチャンスを奪ったり、研究の自由を奪ったりさえしなければ、研究の相談になったりはできるのでネガティブ要素はそれほどでは無いと思いますが。ドイツの場合は研究者定年は今は68歳くらいのようですが年金が最終給与の85-75%程度ですのでポストを離れても装置が使えさえすればいくつまででも研究はできますが、日本の定年退職大学教授の場合は年金は最終給与の25%程度ですので65歳の定年だったとしても退職後の研究を年金をベースに続けるのはなかなかに難しいと思っていた方が良いでしょう。アメリカの場合は研究費さえとってこれれば自己の給与もそこから出せますので年齢制限なしで研究できるというのはメリットの面はあります。ただアメリカではそれが若い人のpositionを奪うようなことになるまずい面もあると思います。
そろそろ話を締めくくりたいですが、植田君はドイツでDrコースを体験し日本でポスドクを体験中ですね。私の場合はその反対で日本でDrコースまでを体験し、ドイツでポスドクを体験したという立場で状況がまるで違いますのでいろいろと広範な議論が出来ました。50年前の私の日本での大学院生時代の体験では指導教官は助教授の方でしたが色々な外部研究者との交流を進めさせてくれました。私は今でも外国研究者との共同研究を強力に推進しています。研究室の卒業生で多数の教授や准教授が輩出してくれましたし、企業に行った多数の人の一部も外国との研究交流をしてくれています。そのことで、ひいては世界平和に貢献できると思います。それでは3度にわたる(6年間にわたる)対談ご苦労様でした。
42年間にわたり日独共同研究を推進(菅氏)
(終わり)