第8章 「ドイツで取った博士の学位 (2015年9月)」


公聴会の後は、審査ののち、シャンパンでお祝い、指導教官に帽子をかぶせてもらい、手押し車に載せてもらいキャンパスを練り歩く、という風習があります。(植田氏)

植田:昨月、ようやく博士の学位を取得することができました。ドイツでの3年5か月の生活に終止符を打ち、今年10月からは茨城県にある研究所で研究員として働く予定です。ドイツでの生活は苦労もありましたが、実り多い素晴らしいものでした。私の住んでいたボンやケルンのある地域は、非常に国際色豊かな場所でもあり、ドイツ人だけではなく、様々な国籍の人々と知り合い、触れ合うことができました。様々な場所で様々な人と出会いました。一生の財産だと思っています。様々な国籍の人と知り合うことによって得られる副産物の一つは、日本のことを客観的に見られるようになることです。日本人の国民性や文化の特殊性などについて、今まで気に留めたこともなかったことに気づきました。このように、ドイツで大学での勉学の面だけでなく、言葉や文化などの多様性に触れられたのは貴重な収穫です。

また、これまで16年プレーしているソフトテニスでも、様々な出会いをさせていただきました。ドイツチームへの所属や国際大会への出場、また、他国の選手との交流など、周りの支えもあって活動をすることができました。この3年間で、ドイツにおけるソフトテニスの普及に多少なりとも貢献できたのであれば幸せです。日本発祥であるソフトテニスのドイツにおける普及に、今後とも手助けをしていきたいと考えています。

ドイツでは様々な国の人とソフトテニスをする機会に恵まれました。(植田氏)

現在、偶然にも、ボン大学の隣の研究所にて、朝日高2010年卒の、松岡くんという学生が勉学に励んでいます。思い出話をしているうちに、朝日高校が非常に懐かしく思い出されました。これからも、世界のどこかで朝日高の卒業生と出会うことがあると思われます。そのときにはいつでも、朝日高校で学んだことを誇りに思い、昔の思い出をよみがえらせることでしょう。

【第四回に続く】

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