世代を超えて、時代を超えて
―ある日、ある時、先輩と後輩―(第二回)
投稿日:2020年6月13日(土) 投稿者:京浜同窓会事務局
第4章 「国際化にどう取り組めばよいのだろうか?」
多くの国際会議に参加して世界中に多数の友人(前列中:菅氏)
菅:次に、植田さんが大学に入学してからの国際体験について聞かせてください。何か、特別な体験はありましたか?
植田:恥ずかしながら、特に何もやっていませんでした。学部時代に一度、ネイティブの先生の英会話授業を取ったことがあります。高校時代には英語にかなり自信があったのですが、その授業で、「ああ、自分は英語がしゃべれないんだな」ということに気づきました。これは一つの大事な発見でした。読み書きする能力と話す能力は全く別物だということですね。しかしその後も特別なことをすることはなく、ごく普通の大学生活を送っていました。
菅:日本人の多くは、いざ英語をしゃべろうとすると、喉元まで出掛かっているのにそこからしゃべれない、ということをよく聞きますね。この、英語を発する、という経験を、高校生のうち、若いうちから早めにやっておくべきだ、というのが私の意見です。
植田:その通りだと思います。話すことの大切さを今になって痛感しています。高校時代に、英語のスピーキングの授業は何度かあったのですが、お決まりの文章を言うだけで、それは生きた会話ではなく、ただの作業でしたね。
菅:高校であっても、ましてや大学においては全く日本語を使わず、ずっと英語で行う授業があってもよいのではないでしょうか。
植田:そうですね。今の問題のひとつは、授業が非常に受験勉強に特化されているということです。現在の段階では受験でスピーキングは問われませんから、英会話にそこまで時間を割けないというのが本音だと思います。
菅:そうかもしれませんね。しかし、1年間の授業のうち数回は、英語だけで行う機会があってもよいと思いますね。はじめのうちはしゃべれなくてもいい。その後、少しずつ英語で相手のことを理解できるようになればよいと思います。日本人は、英語で話したいという願望は持っているんです。しかし機会がない。実際に外国に放り出されるまでそういう状況が続くわけなんですよね。
植田:私の場合がまさにそうでした。英語を日常的に使うのはドイツが初めてで、初めは英語が「気持ち的に」しゃべれませんでした。頭の中には英語の文章があるのに、それがアウトプットできない。しかし、それを24歳という比較的若いうちに経験できたことはよかったです。
菅:文法的に間違っていても良いんです。なんとか英語で意思を伝える、ということを体験しておくべきなんです。
植田:そうですね。外国では黙っていては誰も助けてくれませんから、意思が伝えられないと生活していけません。そしてそのような体験をするのは早い方がいいですよね。
菅:そうですね。同感です。今後は、どういう形で国際交流に関わっていきたいと考えていますか?
植田:教育と研究の両方に興味があって、将来自分の研究室を持って学生を指導するのが夢です。そこで、積極的に留学生を受け入れたり、英語で研究室内で会話をしたりして、国際色溢れる研究グループを築きたいですね。現在の指導教官の方が非常に良いモデルです。また、研究の面でも、専門にしている農業や植物栽培を通じた国際協力ができると良いですね。
菅:私の場合は、阪大の教授時代退職前の数年間は、1年生から大学院生迄の講義をすべて英語で行っていました。せっかく高校時代に英語の能力が伸びているのに、それを大学で落としてしまうのは非常にもったいない。多くの人は大学に入ると英語力が落ちてしまいますからね。それでは日本という国自体の将来展望がない。英語能力を磨く苦労の積み重ねが、10年後、20年後に実を結ぶものだと思っています。
植田:今のドイツの先生とも話すのですが、国籍を生かすために、次のステージでは日本に帰るのが良いと思っています。もちろん機会があれば米国や他の国でも研究をしたいです。後1年すこしで博士論文を書き、博士の学位をとった後、ポスドク(博士研究員)としてドイツなり他の外国で2-3年の研究生活をしてから日本に戻りたいと思っています。もちろん、計画についてはフレキシブルに考えています。
菅:農業で使う機械の設計にしても、物理学の基本が役に立つこともあるでしょう。機会あるごとに一所懸命に勉強を積み上げることが大切と思います。
植田:実は修士課程1年が終わるあたりで、就職活動をしたこともあります。研究成果が出なかったことなどから、博士課程はこのままでは行けないなと思ったわけです。2社に内定をもらった頃、東北大震災があり、しばらく企業との連絡が途絶えてしまいました。その間に今の先生からドイツで学生を探しているとの連絡をもらい興味を持ったわけです。昔からの夢の研究生活、親からの自立、海外での生活が可能であるなどの点からドイツ留学を決断しました。ドイツの大学院の授業料はとても安く日本の国立大学の1/10以下です。しかも多くの博士課程大学院生は給料が貰えます(注:所属する研究所や学部によって状況は異なります)。物価(特に食材や雑貨)は日本よりはるかに安いです。日常的に使う機会が多いので、努力すれば英語やドイツ語も上達出来るようになりますから、興味のある人はぜひ考えたら良いと思います。
菅:全くその通りです。昔も大学院で海外に出る人がいなかったわけではありませんが、日本での教育費や住居費や物価がここまで高くなり、国際化教育がここまで遅れて来ると、ドイツで大学院と言うのは良い選択肢だと思います。
植田:ドイツの大学院博士課程でもう1年半経過しましたが、順調に研究と生活を楽しんでいます。はじめの一歩を踏み出すのは多少の困難はありますが、それを乗り越えられさえすれば、ドイツでの研究生活で得られるものは非常に大きいです。求めればチャンスは意外と転がっているものです。このような情報を朝日高校の生徒や大学生の人の多数にも知って欲しいと思います。現在の研究室に来られたのも色々な局面で一期一会の出会いがあったからだと思います。修士1年の時に興味を引かれた論文、その研究室の訪問、そこの先生と今のドイツでの先生とのつながり。様々な出会いとめぐり合わせが人生を形作るのだと思います。私の場合はそのような機会と周囲の環境に非常に恵まれました。